categorySD用 日本刀(御守刀・短刀)

●SD用日本刀 短刀「五虎退 吉光 写」

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まだ2月だというのに、すっかり春めいて参りました。
創造の芽もわくわくと動き出すこの季節、
人形刀匠 乾犬吉、今回はまた基本に立ち返って
ちょっとご無沙汰してました
短刀の名刀写を製作させていただきました。




今作は、鎌倉時代は粟田口吉光の作であり
上杉家の宝刀のひとつ、短刀「五虎退」の刀身を
ドールサイズで忠実に再現しました。
現存の拵は欠損が多く再現が難しいので、
出鮫(いだしざめ)柄と黒漆鞘のクラシックな合口拵を
お殿様の持ち物らしく笄(こうがい)仕込みで誂えています。

今回は短刀作品には珍しく、
笄・掛台・木製刀身が付属した豪華セットになります。
上の画像をクリックして詳細をお確かめください(^ω^)/


「五虎退」という号(呼び名)の由来が
足利将軍義満の遣明使が中国で虎に遭遇した時、
思わず抜いた短刀・吉光の刃の光を嫌って虎が逃げたのを
帰国してから「五頭の虎を退けた」と大いに話を盛ったという
逸話からなのは割と有名ですし、
ご存じなくても字面からうっすら想像できるかと思います。

が、今や「藤四郎兄弟」と呼ばれている
粟田口吉光の手になる短刀のひとつである事が
なかなかピンと来ないのは
お尻に「藤四郎」と付かず、「五虎退」とだけ
呼ばれることが多いからでしょうか。

「五虎退藤四郎」ではなく
「五虎退吉光」の名で現代に伝わったのは
他の多くの兄弟刀が目まぐるしい遍歴をかさね
武家だけでなく様々な階層の名家を転々としたのに対し、
足利将軍家から朝廷へ、そして上杉謙信に下賜されてからは
500年もの長い間、上杉家を一歩も出ることがなく
まるで渡り鳥に足輪をつけるように
「どこそこの藤四郎」とマーキングをする必要が
無かったからなのかな〜と推察されます。

ちなみにこの「五虎退(ごこたい)」という呼び方、
上杉家の刀剣台帳によれば
「退」に「のき」のふりがながあって
古くは「ごこのき」「ごとらのき」などと呼ばれていたかも
しれないとの事です。


さて、現存する五虎退の写真や押し型を参考に
粟田口の特徴そのままの平造り刀身と食い違いの入った直刃文、
表裏に彫られた護摩箸の刀身彫りに、片方が塞がれた2つの目釘穴まで
こまかく再現しました今回の写。

目釘穴が2つ、ということは
拵の大幅なモデルチェンジがあったか
もしくは一度以上の磨り上げが行われたという証拠で、
今は他の藤四郎兄弟とほぼ同サイズの五虎ちゃんですが
ひょっとしたら、元はもう少し大きかったのかもしれません。
と言いましても平造り(短刀造り)ですし、目釘位置から察して
大きな太刀や打刀ではなく
長くてもせいぜい寸延べ短刀と言われるくらいの
小ぶりな御刀だった事でしょう。

拵えは記録によれば小サ刀拵もしくは腰刀拵との事で
鍔や柄巻きのある拵えだった様ですが
前述しましたように欠損が多く
鞘と、秋草図の大切羽しか現存しないという
その写真すら探し出せませんでしたので、
SD用「想 薬研藤四郎」で手がけました
出鮫柄の典型的な合口拵を採用しました。

Gokotai-17.png

例によって出鮫は本物のエイ革、縁・縁頭は黒水牛角製です。


見頃の梅の花枝が手に入ったので、
今回の写真は背景がとても春らしく華やかになりました。
可愛いもの+ピンクのお花って最強ですね(^ω^)

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